■ 総悟が副長の座を狙うワケ ■   2007.09.15



「帰れ」
土方は短く冷ややかに言った。
「何でだよ!何で俺だけ真選組に入れてくれないんだよ!」
総悟は納得がいかない。

廃刀令が敷かれ、近藤が師範を務める天然理心流剣術道場・試衛館の門徒達は、居場所を失った。
そんな彼らに再び刀(たましい)を取り戻させるべく、会津藩主の松平片栗公のバックアップのもと、近藤は真選組を立ち上げた。
名目は将軍ならびに市中警護。
そのメンバーには、同じくして行き場を失った多くの浪士達に混じり、共に刀を交えてきた試衛館の仲間達が少なくない。
もちろん土方もその一人だ。

総悟は僅か9歳で試衛館に入った。
幼い頃から、近藤と土方、そして試衛館の皆が遊び相手だった。
試衛館の門徒や食客達と共にあることは、総悟にとって至極当然のことのように思われた。
だから、近藤が新選組を立ち上げた時、何の迷いも躊躇いもなく、自分もそれに参加するのだと思った。

イタズラばかりでいつも皆を困らせていた総悟に、彼らはいつだって優しかった。
なのに。

「ここは遊び場じゃねェ。おめェみてェなガキが来るところじゃねェんだよ」

今日の土方は違った。
総悟が真選組に入隊したいと言った瞬間から、彼の態度は一遍したのだ。

「おい、トシ。その言い方はないだろ」
「近藤さん、アンタは黙っててくれ」
見かねたように口を挟む近藤の言葉も、土方には届かない。

「もうガキじゃねェよ!それに剣の腕だって、俺が試衛館では塾頭だったじゃねェか!」
いつも大人相手に刀を振っていた。否、大人に稽古を付けてやっていた、と言うべきか。
剣の腕は誰にも負けない。

「ハッ 笑わせるぜ。剣?お前が振っていたのは竹刀だ。
 チャンバラごっこでみんなに勝ったからって一人前の剣士気取りか?
 手加減してくれたのもわかんねーで、いい気になってんじゃねーよ」
総悟の言葉を鼻で笑いながらそう言った後、土方の目つきが変わった。
瞳孔が開き気味の、見るだけで切れるような眼差し。
「俺たちが持つのは真剣だ。切った者の命を奪うモンだ。
 テメェにそいつを振るう覚悟があるのか?」

こいつに人殺しなんかさせてたまるか。

「俺をみくびるな!真剣だって誰にも負けねェ!」

あぁ、そうかも知れねぇ。総悟の腕前は俺だって認めてる。
だが、真剣での闘いは、殺らなきゃ殺られる。

「わかってんのかコラ。命の取りあいだ。チャンバラごっことは違うんだよ」
「わかってるよ!遊びじゃねェってわかってる!
 将軍様と江戸の町を護るんだろ!?俺、きっと役に立つから!」

総悟、そうじゃねェ。

「おめェみてーなガキにはまだ早いって、さっきから何度も言ってんだろ!
 わかったらさっさとけぇりやがれ!」
「もうガキじゃねェって言ってんだろ!なんで俺だけ仲間ハズレにするんだよ!」

お前が死ぬのも、その手を血に染めるのも見たくねェからに決まってんだろうがっ!!

「俺はっ 真選組に入れてくれるまで、ここを退かないからな!!」
総悟はとうとうその場に座り込んでしまった。

アンタ達の背中を見てここまで来たんだ。
憧れだったんだ。ずっと。
アンタ達と一緒に肩を並べてこの町を歩きたい。
一人前だと認めて欲しいのに。
なんでわかんないんだよ、トシのバカヤロー!

なんでわかんねェんだ総悟のバカヤローが。
「こんな所に座り込んでダダこねやがって。そういうところが子供だっつってんだろーが」

にらみ合う総悟と土方。どちらも引かない。
二人とも頑固なところはソックリだ、と近藤は思う。

「わかった」
ふいに総悟がそう言って立ち上がった。
ようやく諦めたか、と安堵する土方を横に、総悟は隊員の一人の方へと歩いて行くと
「借りるよ」
有無も言わさず、山南※2の腰から剣を抜き取った。
白い刃がギラリと光る。
総悟はじっとその煌きを見据え、そして2、3度軽く素振りをすると、土方に向き直った。

「俺と勝負だ。俺が勝ったら、真選組入隊を認めてもらう」

・・・
少し驚いた表情を見せた土方だが、すぐにもとの冷静さを取り戻すと、視線を落として口にくわえていた煙草を捨て、靴でその火をもみ消した。
小さなため息を一つ。
言い出したら聞かない。総悟は昔っからそうだ。

「いいだろう。お前が勝ったら、一人前と認めてやるよ」

土方も総悟に向かって剣を抜いた。
向かい合う二本の白い刀身が、陽を受けて鈍く輝く。
お互いに一歩も動かないまま、ゆっくりと張り詰めた時間が流れる。
総悟の額に汗が流れ落ちる。
土方の表情は変わらない。

息を静かに整え、そして総悟は踏み切った。
最初の太刀筋を、土方はほとんど動かずにサラリとかわした。
間を空けず続けて2度、3度と切りつけるが、当たらない。
そして何度目かの攻撃を、避けもせずにいとも簡単に刀で払われた。

なんでだ。なんで当たらない。
いつも道場で稽古していた時は、互角か、俺の方が強いくらいだったのに。

「どうした総悟。俺に勝つんじゃなかったのか?」
総悟の心を読んだかのように、土方がニヤリと笑った。
ちくしょう。
こんなハズじゃない!
俺は強いんだ。トシにだって負けたりなんかしない!

総悟は柄をぎゅっと強く握りなおし、再び土方目掛けて刀身を大きく振りかぶった。
今度こそ!!

!?

総悟は目を疑った。
振り下ろされる刀の前で、土方はただじっと総悟を見つめていた。
逃げようともしないで。
払おうともしないで。
ただそこに立っていた。

一陣の白い風が土方を捕らえた。
赤い血がポタリ、ポタリと地面に染みをつくる。

「総悟・・・」

赤く染まった白い刃の切っ先を、総悟は青ざめて見つめていた。

「総悟、何故よけた」

左頬から血を流しながら、土方は静かに言った。

だって・・・
「だって、トシがよけないからっ!」
腰が抜けるようにその場に崩れると、震える手を押さえながら、総悟は叫んだ。
あのまま刀を振り下ろしていたら、間違いなく土方は死んでいた。
既に勢いが付いていた刀の振り下ろされる軌跡を、執念で無理やり変えた。
正に危機一髪だった。
刀の軌道を変えるのが後少し遅かったら、左頬の薄皮一枚というわけにはいかなかったろう。
本当に危なかった。
自然と、総悟の目頭に熱いものが滲んでいた。
怖かった。
まだ手の震えが止まらない。

ピタリ、と首筋に冷たいものが当たった。

視線を上げると、土方がそこに立って、自分を見下ろしていた。
その瞳の青は深く、とても深く、何か憂いを帯びているようにも見えた。
その手に握られた刀身は、冷徹にも総悟の首に添えられていた。

「竹刀での立ち合いと真剣勝負は違う。
 お前に俺は切れねェ。
 
 お前の負けだ 総悟」

総悟は言葉を失った。
ようやく搾り出した言葉は、余りにも稚拙なものだった。
「ズルイよ!」
ちがう。こんなハズじゃない。
ちゃんと闘えば勝てるハズだったんだ!
トシがちゃんと闘ってくれれば、俺は負けたりなんかしないんだ!

「ワザと逃げないなんてズルイよ!
俺がトシを切ったり出来ないのわかってて、あんなの反則だよ!
もう一回!」
「バカヤロウ!!」

びくっ
土方の大きな鋭い怒声に、総悟は言葉を呑み込んだ。

「真剣での勝負は命の取りあいだっていっただろう。
 おめェは俺を切れなかった。だから負けたんだ。それだけだ」

土方は刀を鞘に収めると、呆然とする総悟に背を向けて歩き出した。
これに懲りて、総悟も暫くは真選組に入りたいなどとは言わないだろう。

そう思った直後、背後ですさまじい殺気が立ちこめるのを感じた。
反射的に抜刀し、殺気の方へと身を翻す。
キイィィイン!!!

土方の頭を目掛けて振り下ろされた総悟の剣と
総悟の横腹を目掛けて薙ぎ払われた土方の剣

二振りの刃がそれぞれに届く前に、遮るものがあった。
近藤である。
二人の間に割って入った近藤の、右手の剣が総悟の剣を、左手の鞘で土方の剣を止めていた。

「いい加減にしろ、二人とも!」

それでも総悟と土方は睨み合ったまま動かない。


「トシ!剣をしまえ!」
近藤に言われて、土方は黙って剣を鞘に収めた。
近藤に目で合図されて、山南も総悟の手から刀を奪い、自らの腰へ戻した。

まだ肩で息をし、正気を失ったような目で土方を睨み続ける総悟の肩に、近藤は手を置いた。
「お前の覚悟は良くわかった。  新選組の入隊を認める」

「!   ・・・ホントに・・・?」
弾かれたように目をキョトンとして、総悟は近藤を見た。
「近藤さん!アンタ自分が何言ってんのかわかってんのか!?」
「黙れトシ!これは局長である俺の決定だ!」
そして今度は土方に向かい、その肩に手を置いた。

「総悟は本気だ。
 俺が間に入らなければ、お前の剣が総悟の腹を割く前に、総悟の剣がお前の頭を割っていた。
 気づいていたハズだ」

チッと土方は舌打ちした。
近藤は言葉を続ける。

「総悟の剣の腕は確かだ。新選組の役に立つ。
 それにあの若さだ。むさ苦しい野郎ばかりの新選組も活気がつくだろう。
 俺たちにないものを、総悟は持ってる。
 総悟の足りないところは俺たちが補えばいい。
 それが仲間ってもんだ。
 違うか?トシ」

相変わらずだ。あんたはあの頃から少しも変わっちゃいねェ。
土方はおもむろに煙草を取り出し、火をつけた。
静かに吸って、ゆっくりと吐くと、立ち上る白い煙を眺めながら言った。

「あんたが大将だ。
 俺はあんたが決めたことに従うだけだ」

未だ信じられないといった顔で唖然としている総悟に、土方は愛想なく言った。
「そーゆーことだ。まぁ、しっかりやんな」
「う、うん!
 ありがとう、かっちゃん!※1
 トシ、俺、頑張るから!」
「局長と副長だ!」

総悟は再びキョトンとした。

「たった今から、テメェは新選組隊員だ。近藤さんのことは局長、俺のことは副長と呼べ。
 それから、目上のモンには敬語を使え。もちろん俺や近藤さんにもだ。
 遊びじゃねェっつったろ」
「が、合点でさァ!副長!」

シャキンと背筋を伸ばし、右手で敬礼して、総悟は応える。
そんな総悟を、土方は少し眩しそうに目を細めて見ると、踵を返した。

「あ〜あ、ミツさんに何言われっか・・・知らねェぞ」
「ぎゃーっ 忘れてた!! お前から上手いこと言っといてくれよトシ!」
「何でだよ!アンタが入隊認めたんだから、アンタから言うのが筋だろ!」
「そんなこと言うなよ〜。トシのが口達者じゃ〜ん」

ぎゃぁぎゃぁ言いながら去っていく二人の背中を見つめ、総悟は思った。
今回は勝負がつかなかったけど、いつか必ず、土方さんに俺のこと、ちゃんと一人前だって認めさせてやる。
でも、きっともう真剣勝負なんてする機会はない。
それなら、土方さんの副長の座を奪えば、俺の方が上だって認めないワケにはいかなくなる。
待ってろ土方さん、きっと副長の座を奪ってやりまさァ!
そしたら、俺のこと、ちゃんと認めてくだせェ


こうして、総悟の新選組としての第一歩が始まった。


。。。数年後。。。

山崎「沖田隊長って、なんで執拗に副長の座を狙ってんスか?」
総悟「ん〜・・・何か昔、理由があったような気もするけど・・・忘れちまった。
   今では日課みたいなもんでさァ」
山崎「・・・はぁ・・・」



・・・一方・・・

土方「クソッ 総悟のヤツ、昔は可愛かったのに、新選組に入ってからすっかり変わりやがった。
   やっぱ入隊許可すんじゃなかったぜ」


END

■ 補足 ■
※1 山南:愛称サンナンさん。試衛館時代からの馴染みで、史実では浪士組時代に土方と共に副長を務めたり、近藤と土方の中間にあたる総長を勤めたりしている。
※2 かっちゃん:史実での近藤は幼名勝五郎といい、愛称はかっちゃん。

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